2006年06月01日

源伝説2「留学生」

でん‐せつ【伝説】 [名](スル)

1:ある時、特定の場所において起きたと信じられ語り伝えられてきた話。
  英雄伝説・地名伝説など。言い伝え。「浦島―」
2:言い伝えること。言い伝えられること。また、うわさ。風聞。

誰しも一生に一度くらいは人から驚かれる行動をすることがあるかもしれない。
学校の先生を殴って気絶させてみたり、試合終了のブザーと同時に逆転の3Pを
決めてみたり、10年に一度の大波をサーフィンで華麗に乗りこなしてみたり…。
といったように普通ではなかなか成し得ない偉業を達成した場合、それは時に
「伝説」と呼ばれ、いつまでも人々の間で語り継がれることがある。

かつて僕は数多くの伝説を生み出す男として仲間内で有名だった。
今宵もまたそんな我が伝説エピソードをひとつ紹介しようと思う。
どうか心して聞いていただきたい。



源伝説2「留学生」

それは僕が高校3年生の頃の出来事であった。
当時、僕の家ではアメリカからの交換留学生♂を数週間ホームスティさせており、僕はその留学生と共に同じ高校へと通学していた。もちろん彼は日本の文化や、交通機関に慣れていないため、ほぼ僕が彼の手を引く形で一緒に楽しく通学をしていたのだが、そんなある日、あの忌まわしい事件は起きた。

僕と留学生がいつものように学校を終え、家から最寄の駅に降り立った時、改札付近でたむろする他校の不良グループが目に入った。彼等は2〜3人で改札のすぐ脇で地べたに座り込み何やらゲラゲラと盛り上がっていたので、僕はうるさいなあと顔をしかめつつその横を素通りした。するといきなり「何ガン飛ばしてんだコラ!」と罵声を浴びせられた。驚いて振り返ると先ほどの不良達が僕を睨んでいる。無論、ガンなぞ飛ばしたつもりなんて全くない僕は???という顔で足を止めることもなくしれっとその場を後にした。

そのまま駅を出て近くのバス停へと向かうと既にバスは到着していた。僕と留学生がそのバスに乗り込もうとした瞬間「おい待てコラ!」と再び後方に声を聞いた。振り向くと先ほどの不良達が5〜6人に増えて僕の後を追ってきてるではないか。「What does he say?」という留学生の質問を無視して僕は急いでバスに乗り込んだ。が、発車時刻調整のためバスはドアを開いたまま停車していた。

窓の外では追いついた不良達がうろうろしながら「どいつだ?あいつか」「降りてこいよコラ!」とか言っている。僕はなるべく彼等を見ないように前方を見据えじっとバスが発車するのを待っていた。しかしバスは一向に出発する気配がない。さすがに彼等もバスの中にいれば手を出すこともできまいと僕は内心ホッと一息ついて、すぐ隣で訳が分からず困惑している留学生に「Don't worry, No problem.」と、事態の説明をつたない英語でしてあげたのだが、彼はいまいち状況が理解できない様子。あれこれ言い方を変えてこの微妙な状況を説明している内に、僕も何でこんな喧嘩売られなきゃいかんのかと次第にムカムカしてきて、しかも当時「岸和田少年愚連隊」に影響されてたのもあり、何ならいっちょバスを降りて彼等と喧嘩してきたろかと、何故か妙に強気になってしまい「やっぱ、あいつらうるせえから俺ちょっくら喧嘩してきちゃってもいい?」という意味で以下のセリフを留学生にのたまった。


僕 「Can I fight?(直訳:僕戦えますか?)」

留学生 「Su,, Sure...(直訳:も、もちろん)」


そんな意味不明なやりとりをしている間に、その不良達はわざわざ運賃を払ってバス内へ乗り込んできて、気がつけば僕は彼等にぐるりと包囲されてしまった。このまま一気にひきずり降ろされるかと覚悟したが、意外に彼等も一応バス内のマナーは守るらしく特に手を出してこないまま「こいつ降りたら俺らも降りるぞ」とか内輪同士でひそひそ言っている。そんな変なこう着状態のままバスの出発時刻を迎え、バスは不穏な空気を乗せて走り出した。このまま目的のバス停まで行ってしまったら一体どうなるのだろう。留学生は不安げに僕の顔を覗き込む。やむおえず僕は意を決して彼らに言った。


僕 「あのー…留学生いるんで勘弁してもらえないですか?(日本語)」

不良1 「…じゃあオメー俺らのバス代どーすんだよ?(日本語)」


仕方なく僕は財布から人数分のバス代を小銭でじゃらじゃらと支払って、お引取り願った。彼等も留学生同伴している身ということを配慮してくれたのか肩透かしを食らってアホらしくなったのか素直に去っていった。かくして何とか危機は脱したものの、その後バス内の空気は僕にとって非常につらいものだった。英語も日本語もすべてを聞いて理解している乗客達の視線がチラチラ痛いし、留学生は「Why did you pay money?」としつこいし最低だった。

完。



<あとがき>
あの悲劇から数週間後、人生でカッコ悪い瞬間トップ3に入るくらい自分でも情けないこのエピソードは、僕自身の激白(酔った勢い)によって仲間内に知れ渡り、これまた誰も真似することのできない「伝説」として今日まで語り継がれることとなる。結局、留学生には真実をすべて説明することないままアメリカへ帰した。以来、留学生を引き取ることはもうない。
posted by 源(ミナモト) at 00:00 | Comment(4) | 源伝説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
BackNumber

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。